形振り構わず走る。
「行くな…!おめー絶対許さねーからな!」
全てが還元されディラックの海に沈む、白い霧。あの中では身を焼かれる苦痛を味わうのだろう。本能が告げている。このアストラルサイドとうつつが交わる世界の生き物として。
それでも彼だけが躊躇なく飛び込んで行く。海に溶けつつある彼女を引きずり出すべく。
ただ私には、彼女の手を引き戻したのだけが見えた。そして長い髪が紺碧に染まり、半ば水晶の彫像のように美しく横たわる。
我が息子ながら、大した度胸だ。あんな中に飛び込める人間なんてそうそういない。親として誇りに思うよ。
でも私が動けなかったのは物怖じしたからじゃない。
きっと、彼がいなくなるときもこんなだったのだろう。
私はそのとき、居なかった。
まだ時間がかかるのだろうな。取り戻してくれてありがとうと。
その一言を、息子に言えるようになるまでに。